Jan 31 2012
thedailywhat:

Creepy Cocktail of the Day: The Alien Brain Hemorrhage contains 1 part peace schnapps, 1 part Bailey’s Irish cream, and 2 parts grenadine.
Makes the perfect hangover cure: One look at this terrifying concoction and you’ll be as sober as a Sunday school marm.
[neatorama.]

thedailywhat:

Creepy Cocktail of the Day: The Alien Brain Hemorrhage contains 1 part peace schnapps, 1 part Bailey’s Irish cream, and 2 parts grenadine.

Makes the perfect hangover cure: One look at this terrifying concoction and you’ll be as sober as a Sunday school marm.

[neatorama.]

(via hirai)

Jan 30 2012
聞かれもしないのに過去を語るようになったらあとの人生は下り坂だって小3の妹が言ってた

すべらない名無し | 妹の哲学 (via moyashi) (via ninapaw) (via plasticdreams) (via yangoku) (via aurorae) (via thinkupstudio) (via noboko) (via etecoo) (via furudanuki) (via h2o2) (via licca6, dot)

2009-12-12

(via quote-over100notes-jp) (via mcsgsym) (via fujicco2)

Jan 26 2012
昔は出会いの場は少なかった。だから狭い世界で出会った人と、多少のことは目をつむって暮らしてきた。昔の大人は我慢強かった。世界が狭いがゆえに、そこで生きて行くしかないことをよく知っていた。狭い世界は、15年や20年も人生を送れば、一通りのものが見られた。その世界の外側があることは認識していたが、手が届くものではなかった。好奇心は失われ、黙々と生きる日々を送ることができた。それが「大人になる」という事だった。

いま、世界は事実上、無限に広がっている。人々との出会いはいくらでもある。住みたいところに住み、食べたいものを食べ、寝たいところで寝る、そういった事も、そう難しい話ではなくなった。広がりすぎた世界にいると、好奇心は満足することがない。飽きることがない。「好奇心を失うこと=大人になること」だった時代は、そこで終わりを告げる。世界は無限だ。昔の大人から見れば、彼らはいつまでたっても子供のままに見えるだろう。
あるべき大人像を模索していく - 狐の王国 (via shibata616)

(via homh)

それでも疑り深い人は、「ハーバード大学の日本人留学生が、昔は20名もいたのに、今はたった1名」というデータを上げるのではないか。ワシントンポストがその出典だが、こちらは数字や論拠があいまいすぎる。
 
【1】まず、ハーバード大学への日本からの留学は、大学院が昔から圧倒的に多数であり、その人数は今でも100名を超えている。
【2】学部への入学は最盛期でも20名弱であり、現在3~4名と減少しているのは確かだが、1名という年はない。
【3】ハーバードは留学定員があり、そのため、韓国・中国・インドの留学生が激増した昨今は、日本人が割を食っている。
【4】 その玉突きか、昨今はイェール大学への日本人入学者が増え、今年は7名と過去最高となっている。

といった反証が挙げられている。このデータから言えば、「イェール大学への日本人留学生が過去最高!日本の若者は外向きだ」なんて記事だって書けてしまうのだ。

キャリアに関するデータの真相 その1:「若者は内向き」という誤解。

なるほど。ごもっとも。

(via kashino)

(via homh)

Jan 23 2012
36 名前:名無シネマ@上映中 :2011/12/30(金) 13:26:37.00 ID:1zw/44z5
誰か日本にファイトクラブ作ってよ。畑山じゃなくてよう

45 名前:名無シネマ@上映中 :2012/01/01(日) 17:50:23.63 ID:0BOd6w8S
»36
公開当時に作ったよ。
最終的に40人くらい集まって毎週やってたけど、
最初は皆映画にかぶれて「さあこの世の屑ども、クレイジーな宿題を始めようか・・・」
みたいなわけわからんノリで殴り合ってたんだが、
だんだん皆仲良くなってきて
「○○さんナイスパンチでした^^!」
「○○さんこそ・・あっ!口切れてますね・・!;; すいません!!!」
「いえいえ^^ 明日空いてたらお茶しませんか?^^」

みたいな和気藹々とした空気に包まれていって、最終的にはフットサルクラブに進化して
みな、仲良く幸せになった
続・妄想的日常 - 誰か日本にファイトクラブ作ってよ (via darylfranz)

(via saitamanodoruji)

Jan 11 2012
Jan 6 2012

「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。

 10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。

 終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないから、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。

 しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。

 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。

 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。

 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。

 いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

 あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。

 私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。平成20年8月7日、森田一義」

赤塚不二夫さん葬儀 タモリさんの弔辞全文(産経新聞) - Yahoo!ニュース

躊躇せずに全文で。合掌。

(via vmconverter) 2008-08-07

(via pan2nap)

(via twinleaves) (via homh)

Dec 27 2011
Dec 13 2011
kwanzeoncalling:

ipodstyle:

taromatsumura:

お見合いと職場結婚が減ったことが、そのまま結婚率の低下につながってしまっていることがよく分かるグラフ。お見合いのギャップを恋愛が埋め切れてないんですね。
(via 『普通のダンナがなぜ見つからない?』の西口敦さんに聞く(前編)、『女性は婚活を「最後の手段」って言うけど、そのときにはもう暴落してるんです』 | BPnetビズカレッジ | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉)

お見合いはもとより、仕事場で見つからないのは、単純に仕事上の「同僚」として、
ライバルや戦友になったからかな?あと、即戦力とか将来の幹部候補とか言って、
結婚退職しそうな女子を採用しなくなったから、社内に恋愛相手がいなくなったとも言う。

選択の余地なく無理やり結婚してた人らが自由になったのか
これは目出度い

kwanzeoncalling:

ipodstyle:

taromatsumura:

お見合いと職場結婚が減ったことが、そのまま結婚率の低下につながってしまっていることがよく分かるグラフ。お見合いのギャップを恋愛が埋め切れてないんですね。

(via 『普通のダンナがなぜ見つからない?』の西口敦さんに聞く(前編)、『女性は婚活を「最後の手段」って言うけど、そのときにはもう暴落してるんです』 | BPnetビズカレッジ | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉)

お見合いはもとより、仕事場で見つからないのは、単純に仕事上の「同僚」として、

ライバルや戦友になったからかな?あと、即戦力とか将来の幹部候補とか言って、

結婚退職しそうな女子を採用しなくなったから、社内に恋愛相手がいなくなったとも言う。

選択の余地なく無理やり結婚してた人らが自由になったのか

これは目出度い

Dec 9 2011

月と遊ぶ人たちの写真集

songsparrowsings:

Photographer/Source is http://www.laurentlaveder.com/. His images were also used for a Canon EOS 400D campaign in France.

(Source: soellelike, via homh)

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