Dec 1 2009

「ハナミズキ」の映画化って、一体何なんだ。
加藤ミリヤとかスキマスイッチの楽曲の携帯ドラマ化ってのもあるし。
その手の、何がしかの「冠」がないとまともに訴求することもできない状況で、
めぼしい小説や漫画はもう既に青田買いされて権利を押さえられている中、
他に「名前で売れる」コンテンツを探そうとしたらもう音楽しかない、
という感じなんだろうな。

と考えたら、その手の原作付き映画やドラマだけに限らず、
Hey!Hey!Hey!やロッキンオンが昔の音楽ばかり扱っているのも、
カバー曲のリリース過多状態がダラダラと続いているのも、
根っこにあるのは共通して「既に評価されているもの」であれば
安心という、保守心というか、おもねりなんだろうなあと思える。
出す方も、受ける方も。

Waste Of Pops 80s-90s|カバー曲・消えたバンド・ニュース

こんな映画ばっかり見せられて、こっちが限界かもしれない。

 …と言いたいがために見に行ったようなもんだな。これ、ご存じのとおり2chの書き込みの映画化なわけだけど(なぜか映画内では「Bちゃんねる」になってる)、なんか不愉快な映画なのだね。主人公の母親が死ぬところがギャグっぽく撮られていて、どういうつもりなんだろう?と思ったよ。

 一応主人公の小池徹平が限界になっちまったところからはじまって、そこからその原因はなんなのかを探っていくという構成。「史上最大のデスマ」? いやそれは大丈夫だった。「中卒だってバレて虐められる」? いやそれも我慢できた。でも……てな調子。『キサラギ』とかもこんな感じだったりするのかなあ?(見てないけど) しかし、根本的に理由なんかどうでもいいと思わざるを得ない。あまりに戯画化されすぎた駄目人間ばかりの会社で、最初からこんなとこ入る方が間違ってるとしか思えからである。

 最後は「史上最大のデスマ」で辞める気になった主人公が、不愉快な連中ばかりの同僚に励まされ、みなが協力してついにデスマーチ乗り切って感動の大団円。主人公ももうちょっと頑張ってみようかと思う……ってブラック会社肯定なのかよ! まるでデスマーチが主人公を鍛える試練であるかのように描かれてるんだが、違うだろ! 続篇ではデスマの連続で過労死した小池徹平の葬式からはじまって、本作の不愉快な登場人物たちがその死の真相を探ります。

ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない (2009): 映画評論家緊張日記
mixiアプリだって「日記書かなくても良い状態」でコミュニケーションを取れることが大きな強みであり、tumblrのreblogといい、はてなブックマークといい、時代は「自分からアウトプットしなくても、他人がアウトプットしたものを適当にいじるだけで、なんか表現できたような気になるサービス」を必要としているのではないのか。 あまりアウトプットしたくない系ウェブサービス - マボロシプロダクト (via morygonzalez)
morygonzalez:


classics:


blondeinside:


(via papertissue)

(meravigliosa. La mia parte cinica ride)

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(via papertissue)

(meravigliosa. La mia parte cinica ride)
Nov 30 2009

──それでは最後に今年のサブカルチャー・コンテンツの中でベストを教えてください。

宇野 今年、一番面白かったのは『仮面ライダーディケイド』(テレビ朝日系)です。はっきり言って、ドラマの出来はまったく良くない。というか、そんなものは最初から放棄しているわけですよ。端的に反則番組ですよね。

 今回は、主人公がこれまでの平成ライダーシリーズの歴代ライダー全員に変身できるっていう設定なんですが、これってバンダイが在庫一掃セールしたいっていう、それだけですよ(笑)。しかし、この作品は結果的に、データベース消費的な想像力、ひいては社会の構造というものを変身システムや作品構造によって、極めて批評的な形でえぐり出している。そして、そのことが作品世界を豊穣にして大きなブームにもつながっている。つまり、ひとつの”運動”として優れているわけです。これはやっぱり評価するべきだと思うんですよね。なぜならば、日本のサブカルチャーは、そういう”運動”が盛り上げてきたからです。

 例えば、アニメだったら第一次、第二次、第三次とブームを作って業界を盛り上げてきたのは、それぞれ『宇宙戦艦ヤマト』、『機動戦士ガンダム』、『新世紀エヴァンゲリオン』ですよね。しかし、それらの作品も決して優等生的な「きれいな」作品だったわけじゃなく、『ヤマト』と『ガンダム』は打ち切り、『エヴァ』は放送事故に近い感じで終了しています。作画も演出もいいわけではありません。しかし、映像の中には出てこない膨大な裏設定、例えば架空の兵器体系や架空年表がファンコミュニティで補完されたり、魅力的なキャラクターが二次創作的に消費されたりして、作品が映像本編を超えた「運動」として力を持ったわけです。『ディケイド』もこれに近いと思うんですね。

 その意味では、最終回の抗議騒動も含めて、日本サブカルチャーの中でそれらの作品の正統的な後継者になっているんですよ。昔からの特撮ファンにはライダー同士が戦う展開などのせいで、ものすごく評判悪いんですが、そんなおっさんのノスタルジーははっきり言ってどうでもいいわけで、『ディケイド』が描いている世界の方がよっぽど現代的でリアルでスリリングでした。もちろん、これだけが正解だとは思わないし、むしろ現代の想像力が置かれた困難を体現する露悪的な作品だと思うけれど、批評家としては、この作品を今年のベストに挙げたいですね。

「批評のジェノサイズ」著者が語る、サブカルチャーの悪習と御用ライターの罪と罰(後編) - 日刊サイゾー (via tsundere)

評判悪いのは、商業的にも大失敗だったからなんですけどもね。玩具大失敗という事は、子供達にもうけなかった訳で。

評価しているのは、ちょいと天邪鬼な批評家だけで、ネタとして使える。という理由だけなのでは?作品自体を楽しめた。という感想は記事から全く読み取れない罠w

(via iiithurboiii) (via uessai-text)

(via suigetusawa)

この評論家氏には「ジェノサイズ」の真の意味をわかって書名をつけた(あるいは編集者に許可した)のか、そのへんをツッコミたい。それで知性のほどがわかる。

(via hibiky)
Nov 29 2009
tagkaz:


muku-muku:

山下るい

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muku-muku:

山下るい

Nov 28 2009

アメリカの2008年9月から2009年9月の12ヶ月の雇用状況の話だが、
この間に、無職の人口が600万人増加した。
ここですごいのは、5700万の職が失われ、
5100万の新たな雇用が発生した結果が600万人であるということ。
すさまじい再雇用の勢いであり、
どうりでクビになった友人たちはわりと能天気なわけだ。
たった12ヶ月の間に、
9人が仕事を失いそのうち8人が仕事を見つけるというプロセスを
600万回繰り返してこうなったということ。

日本政府がつぶれかけの大型業界の雇用を守るために
補助金を投入し延命措置を行い、
銀行がやらせることの無いバブル世代の高給取りを守り、
労働組合が半死状態の航空会社にトドメをさし、
解雇された人が
「私は前と同じ業界じゃなきゃ働かない介護の仕事なんてしたくない」と言い、
「派遣村」に押し寄せた人々が職を探す時間を惜しんでキレている間に、
アメリカでは僕達の目の前で今もすさまじい勢いで
雇用能力・競争力のある会社や産業に労働力がシフトしている。
長期的にはこの新陳代謝の高さが
アメリカの回復力に大きく影響するだろう。

こういう違いを目の当たりにして生活していると、
日本もそろそろドロドロになった血液をなんとかしないと
ポックリいってしまうのではと心配になります。

たった1年で5100万の雇用を生み出すアメリカの雇用流動性 - 愛の日記 @ ボストン (via tamariba) (via yaruo) (via gkojax) (via rokugen) (via hibiky)
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