Nov 7 2009

補償金問題に限らず、私が日本における著作権の議論に関して何となく腰が座らない思いがする理由は、突き詰めれば将来のアーティストのビジネスモデルが見えない、あるいはコンセンサスが取れていないというところにある。ビジネスモデルというと大層な話のように聞こえるが、ようするに、将来の平均的アーティストとはどのようなものなのか、どういう風に生活しているのか、どうやって稼いでいるのか、というイメージがはっきりしないということだ。

私自身は、将来のアーティスト像とは、ケリー氏が説くような、あるいはエベル氏が体現するような、数百人から1000人程度のファンを抱えた独立フリーランスの(別に組織に属していても良いのだが)「マイクロセレブ」のようなものと想定している。よって、そうした人々が生きやすいような社会や制度に変えていく(あるいは彼らを支援するための教育や技術的なインフラを整える)というのが肝要だと思うし、そのための支援は惜しんではならないと思う。

(中略)

制度は手段であって目的ではない。だから、制度について細かいところを詰める前に、その制度によって何を実現したいのかを入念に考える必要があると私は思うのだ。そのためにも、私は権利者や代理人ではなく、アーティストたち本人が、自分が今後どのような存在として生きていきたいのか、もっと語って欲しいと考えている。

アーティストのビジネスモデル - SourceForge.JP Magazine (via syoichi) (via yaruo) (via otsune) (via ginzuna) (via saitamanodoruji)
Nov 6 2009

プチエンジェル事件のやばさ

・裁判官・弁護士・政治家・医者等の名士2000人以上が顧客の高級ロリータ売春クラブ
・加害者がロリータ売春で儲けた金は35億円。だが警察は単独犯と決め付ける
・ビニールを被っての練炭自殺というありえない自殺方法だが
(ビニールが溶けて自殺不可能)警察は自殺と断定
・加害者が死ぬ前になぜかフェラーリ2台を売却
・加害者の父も兄も自殺している
・国会や大使館がある赤坂で起こった事件なのに渋谷で起こった事件と報道された
・毎日のように報道されていた事件だが、ある時を境に急にマスコミが事件を報道しなくなる
それ以来大手マスコミでこの事件に触れることはタブーに
・この事件を追っていたフリーライター染谷悟は殺され東京湾に浮かぶ
それ以来フリーライターもこの事件には手を出さず、真相は闇の中に
・被害者の少女達の所在は不明で、口封じのためすでに殺されているという噂もある
・ウィキペディアでこの事件の項目は何度も完全削除された(今現在の時点では存在する)

コピペ新聞 - プチエンジェル事件のやばさ (via konishiroku) (via n13i) (via inhouseneet) (via saitamanodoruji)
Nov 5 2009
Nov 4 2009

只、一つだけ確信したのわですな。

最近は、どこも不況で客が集まらないと言われておりますが、少なくとも俺がめまいのせいで、よく行くようになったストレス系ビジネスは、よう流行っとりますわ。

どこ行っても人だらけだし。

よって俺が何を言いたいかというとですな。

「貧困社会を制するものは貧困層を制するものである」

by GO!ヒロミ44’

お笑い芸人-GO!ヒロミ44’の毒舌天国!@情報盛りだくさん:【温泉治療】

日本経済が右肩上がりの時、日本人ではない評論家の多くは、非常に規律正しく、組織化された商習慣をつくり出しているのは、終身雇用制、年功序列、および集団行動の伝統であるとした。ところが、1990年代に日本経済が長期の不況に陥った際には、同じ評論家たちは、日本が変革できないのは、終始雇用制や年功序列などのせいだと言った。

 しかし、ドラッカーはより深い洞察を行っていた。彼は、過去150年間の中で、日本が大きな変革の時期を2度経験したことに気づいたのだ。それは、明治維新と1945年以後、戦後復興期の数年間である。このことは、日本が自己変革の能力があることを証明している。

他の評論家たちが終身雇用の習慣を批判していた時、ドラッカーはそれに反論した。日本人は、機械化が進んでも、人間の仕事自体は消滅することはないと信じたために、他国よりもはるかに速く、新しいテクノロジーを採用し、職の安定性のおかげで、日本人は経済的および技術的変化を快く受け入れられたのだと主張した。

日本でドラッカー人気が衰えない理由:日経ビジネスオンライン
Nov 3 2009
もう一度人生をやり直せるなら・・・・
今度はもっと間違いをおかそう。
もっとくつろぎ、もっと肩の力を抜こう。
絶対にこんなに完璧な人間ではなく、もっと、もっと、愚かな人間になろう。
この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど殆ど無いのだ。
もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。
もっとたくさんのチャンスをつかみ、行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。
もっとたくさんアイスクリームを食べ、お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。
もっと本当の厄介ごとを抱え込み、頭の中だけで想像する厄介ごとは出来る限り減らそう。
もう一度最初から人生をやり直せるなら、春はもっと早くから裸足になり、秋はもっと遅くまで裸足でいよう。
もっとたくさん冒険をし、もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、もっとたくさんの夕日を見て、もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。
もう一度人生をやり直せるなら・・・・
だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。
私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?
自分に規制をひき、他人の目を気にして、起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、構えたり、落ち込んだり ・・・・
もっとリラックスしよう、もっとシンプルに生きよう、たまには馬鹿になったり、無鉄砲な事をして、人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう人生は完璧にはいかない、だからこそ、生きがいがある。
ピーター・ドラッカー 享年95歳の詩 (via hiro-k) (via sabotenbrother) (via hibiky)
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